身近な人々を思い出して

何も、追いかける、こちらから仕掛けていくやり方ばかりが、恋愛とは、限らないと思うのです。
このことに、私が気が付いたのは、時がすでに流れていました、人生の半ばに入ってしまった40代前半の頃でした。ええ、世間では、すっかりと、不本意ながら、中高年の扱いを受けてしまうのです。心の中では、「まだまだ、私は、若い。」と思っていましても、世間は、そんなに甘くは、ありません。
まぁ、同年齢、プラス、マイナス1歳ぐらいの差ならば、それぐらいの同性ならば、話が合うと思うのです。
心がいくら若くても、世間では、現実のところ、知らない間に、「おばさん扱い」をされていることは、しばしば、あるのかもしれません。
まぁ、私のほうでも、目上の男性からは、「どんくさい。」と言われながらも、素早い勘づきでは、なかったにしましても、そろそろ、年若い男性からは、「おばさん扱い」を受けるのではないかと、面白くはなかったのですが、不本意ながら、自分自身よりも、年若い感じの男性を前にしますと、まったく何も言われなかったとしましても、自ら、さっと、引き下がっているのです。
特に、40代に入ってからは、そうなのです。日常生活の中、何気ないシーンの中で、さっと、我が身を引いています。
こちらだって、みすみすのところ、何度も、傷つくのは、ごめんなのです。それでなくても、この長引いてしまった大不況のおかげで、就職活動では、さんざん残念ながら不採用のご連絡をいただき、すでに、心は、非常に傷ついているのですから。
ですから、相手の男性を、目の前にした時、見るからに、私自身よりも年上なおしゃれな男性に見えた、だとか、私自身が入る隙間がある、スペースがある時にだけ、その男性の目の前に座り続けて、お話を続けることにしています。
私も、実は、この記事では、顔や全身写真の掲載が要らないために、飾ることのない本音を書いていきますが、「やっぱり、年には、勝てない。」と、偶然にも、街の中で、映し出されました自分自身の全身の姿、たとえ、それが洋服をすっかりと着ていました姿でありながらも、ここのところは、毎日のように、そのように感じています。
ですから、合コンなど、参加する勇気がございません。まったくの知らない人同士、それも、まったく知らない異性と明るい照明の下で、出会うのですから。悲惨な思いがします。
まぁ、もはや、合コンの年齢制限、もちろん上限に引っかかるとは、思いますが。

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